[2] 1次元量子スピン系の基底状態と素励起

1次元量子スピン系の研究は長い歴史を持っています.S = 1/2の場合には基底状態のエネルギー,磁気励起,磁化曲線について厳密解があります.また,磁化率と比熱についても場の理論による解析解や高精度の数値解が出されています.1980年代には整数スピンの1次元反強磁性体におけるハルデンギャップの発見があり,1次元量子スピン系は現在も活発に研究がなされています.スピン梯子,スピンチューブなど,新しい1次元量子スピン系が最近は注目されています.

目次

2-1 スピンチューブ

私達は1次元量子スピン系としてCu2Cl4⋅H8C4SO2を合成し,その構造と磁性を調べました.図12(a)はこの物質の磁化率です.20 K以上の温度領域では1次元反強磁性体の磁化率の特徴が見られますが,低温で小さなスピンギャップによる磁化率の急激な減少が起こります.米国とフランスのグループが低エネルギーの磁気励起を中性子散乱非弾性散乱で調べ,この物質の磁性は図12(b)のようなスピンチューブ模型で表されることを提唱しました.Cu2Cl4⋅H8C4SO2の基底状態や励起状態の解明は今後の課題の1つです.(東大物性研との共同研究)

Cu2Cl4・H8C4SO2の磁化率
図12 : Cu2Cl4⋅H8C4SO2 の磁化率の温度依存性とスピンチューブ模型.
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2-2 量子sine-Gordon系

S = 1/2の1次元反強磁性体に,一様な磁場Hの他に交互に向きを変える交替磁場hが一様な磁場Hに垂直に加えられると,系は量子sine-Gordon模型と等価になることが場の理論的解析から示されています.この交替磁場は結晶構造に起因するgテンソルの主軸の交替と交替するDベクトルを持つDzyaloshinsky-Moriya相互作用によって生じます.量子sine-Gordon模型に特徴的な素励起はソリトン(soliton)とブリーザー(breather)で,breatherはsolitonの質量と関係づけられる階層構造をもちます.私達は量子sine-Gordon模型で表される1次元反強磁性体KCuGaF6を発掘し,その熱力学的特性と素励起を比熱測定とESR及び中性子非弾性散乱で調べました.図13(a)はKCuGaF6の結晶構造です.結晶のc軸に沿って1次元のスピン鎖が形成されています.交換相互作用の大きさは磁化率測定からJ/kB = 103 Kと求められます.この物質は1次元性が非常に良く,50 mKの極低温まで磁気秩序はありません.

図13(b)は静磁場をc軸に加えたときの周波数と共鳴磁場の関係を表したものです.全体で10個の励起モードが観測されます.Esがsoliton共鳴,Mnn次のbreatherです.また,breather間の遷移(MnMm)も観測されています.図の実線はh/H = 0.178とした量子sine-Gordon場理論の結果です.理論と実験の一致は大変よく,KCuGaF6が理想的な量子sine-Gordon系であることが分かります.また,Unは当初の量子sine-Gordon場理論では説明できないモードでしたが,その後,欠陥や不純物によってできるスピン鎖が切れた場所に生ずるsolitonやbreatherの束縛状態(boundary bound state)であることが理論的に示されました.通常のスピン波理論では2つの共鳴モードしか現れませんので,量子sine-Gordon系の磁気励起は従来の磁性体には見られない新奇な素励起と言えます.(東北大金研との共同研究)

KCuGaF6の(a)結晶構造と(b)ESRの周波数と共鳴磁場の関係
図13 : (a) KCuGaF6の結晶構造.(b) KCuGaF6におけるESRの周波数と共鳴磁場の関係.実線はJ/kB = 103 K, h/H = 0.178とした量子sine-Gordon場理論.

KCuGaF6はゼロ磁場ではS = 1/2の1次元Heisenberg反強磁性体です.その磁気励起は厳密な解であるdes Cloizeaux-Pearson(dCP)モードとその重ね合わせからなる連続励起で与えられることが理論的に知られています.私達はKCuGaF6の磁気励起を中性子非弾性散乱で調べ,磁気励起がdCPモードと連続領域からなることを確かめ,KCuGaF6が非常に良い1次元Heisenberg反強磁性体であることを確認しました。図14は中性子非弾性散乱で求めた磁気励起スペクトルです.実線が磁気励起の下限になるdCPモードで破線はdCPモードの重ね合わせでできる連続励起の上限を表します。実験と理論の一致が大変良いことがわかります.(J-PARCセンター,スイスPaul Scherrer研究所との共同研究)

KCuGaF6のゼロ磁場での磁気励起スペクトル
図14 : KCuGaF6のゼロ磁場での磁気励起スペクトル.実線がdCPモード,破線は連続領域の上限.白線は純粋なHeisenberg模型の場合で,黒線は小さなXY異方性がある場合.
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